太陽を抱く月の次は「馬医(ばい)」に、2013年7月7日スタート。

現在、NHKで放送されている韓国時代劇ドラマ「太陽を抱く月」も終盤に入り面白くなってきました。

韓国時代劇ドラマは面白い。なのでNHKのBSプレミアムで毎週日曜の夜9時から放送されている韓国ドラマを毎回、毎週楽しみに観ています。

現在放送されている「太陽を抱く月」は、過去のチャングム、イ・サン、トンイ、王女の男などと違って、架空の時代設定のフィクション時代劇ドラマという内容で、放送前のあらすじ解説では、王様と死んだ亡霊がどうのこうのというストーリー設定で、非現実的でファンタジーチックな内容を想像したためあまり期待していませんでしたが、太陽を抱く月が放送され、ドラマの回数を重ねるごとにのめり込んでいます。

太陽を抱く月のドラマを見ている方であれば判ると思いますが、ドラマは全20回の15回が放送されたところです。ドラマも後半の佳境に入ろうとしていて、これから王様とヨヌ(ウォル)はどうなっていくのか、展開が見過ごせません。どのような終わり方をするのか、どのようなエンディングを迎えるのが楽しみのような、さびしいような、そんな感じです。

 

一方、太陽の抱く月が全20回で残すところ、あと5話となりました。こうなってくると、太陽を抱く月の次に放送される次回のドラマはいったい何か、そちらへの関心も高まっていきます。ときどきNHKの韓国ドラマ(海外ドラマ)のホームページをチェックしていたのですが、ついにNHKから公式に次回作の発表がありました。

太陽を抱く月の後に放送される次回作のタイトルは「馬医(ばい)」です。2013年7月7日の日曜日から放送予定のようです。NHKの公式発表の言葉を拝借すると、

「17世紀後半、馬の医者からやがて王の主治医にまでなった実在の人物」

「ペク・クァンヒョンの波乱に満ちた生涯を描くメディカル史劇」

という内容らしく全50回の大作の用です。

どうやら韓国王朝の王様に仕えた医師の話のドラマのようです。韓国のメディカルドラマといえばチャングムを思い出しますね。チャングムはスラッカンの女官から女医に転身したドラマでしたが、この次回作の馬医は男性の医者の話のようです。

主演を務めるのは、韓国のミュージカルスターの「チョ・スンウ」という役者さんです。韓国時代劇ドラマを欠かさず観ていますが、役者さんの知識は乏しいので、チョ・スンウという人がどんな人が知らないのですが、韓国映画では「マラソン」や「ラブストーリー」などに出演していたようですが、ファン待望の初ドラマらしいです。

そして韓国時代劇ドラマに欠かせないヒロイン役は、イ・ヨウォンです。彼女の主な作品は、ウィキペディアのプロフィールを拝借すると「子猫をお願い」「外科医ポン・ダルヒ」「ファッション70s」「善徳女王」ということです。

太陽を抱く月の後を継ぐ次回作ドラマ「馬医」、全50回もあるので見応えがありそうですね。王女の男、太陽を抱く月とこのNHKの韓国時代劇ドラマの枠としては短めのドラマが続いていた後なので、次のドラマが50回もあるのは、楽しみのような、やや重たいような。観るのに1年以上もかかりますね。

太陽を抱く月が終わるのもさびしいですが、次回作の「馬医」もこれから楽しみです。

 

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俵万智さんがレイザーラモンRGさんをべた褒めした話

俵万智さんがテレビに出演していました。日本テレビ系列で放送された「ジョブチューン職業のヒミツぶっつけちゃいます」という番組です。

俵万智さんといえば出版した「サラダ記念日」という本が爆発的に売れて有名になった詩人ということは知っていました。もう何十年も前のことだと思います。むかし懐かしい話なのですが、出演されていた俵万智さんはまだまだ若い感じでした。

本の「サラダ記念日」のタイトルにもなった詩が

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

というのはあまりにも有名です。このサラダ記念日という本は280万部も売れるベストセラーになったそうです。

そんな俵万智さんは現代歌人として中学校か高校の国語の教科書にも出ているらしいです。サラダ記念日という本は詩集かと思ったら和歌の本なんですね。詩と和歌、短歌などの違いはあまりわかっていませんが。

国語の教科書には、有名歌人である正岡子規や石川啄木、松尾芭蕉、斉藤茂吉などと一緒に並んで俵万智さんの歌も掲載されているそうで、現代の中学生や高校生からは、俵万智さんという人が歌人であることは認知されているようですが、合わせてすでに死んだ昔の歌人としても認知されているとのこと。そのため、俵万智さんが生きていることを知るとびっくりするらしい。

テレビに出演していた俵万智さんが言っていましたが、俵さんはツイッターをしているそうで、若者から「存命ナウ?」とつぶやかれ、「存命なう!」と返したと話していました。

そのテレビの中で、言葉のプロとして俵さんが選ぶ言葉の素晴らしい(共感する)アーティストとして3名の有名人を上げていました。

その3位が桑田佳祐さん、俵万智さんは桑田さんの歌詞の中の「胸さわぎの腰つき」など言葉から想像させるその表現力が良いと言っていました。

第2位は、中島みゆきさん、解説は特に覚えていません。

そして、堂々の第1位は、レイザーラモンRGさん、スタジオも騒然。俵万智さんは、レイザーラモンRGさんの「あるある」ネタの表現力がすごいと言っていました。例えば「歌舞伎の師匠は、自分の弟子を鏡越しに怒りがち」(なんとなくこんな感じでした)など、誰もが見過ごすようなことを「あるある」とさせるところが良いらしいのです。俵さんはレイザーラモンRGさんのことを、道端の小石にひとつずつ名前をつける作業をしていると解説していました。

俵さんとレイザーラモンRGさんはとある言葉のイベントで共演され面識あるようです。2人に面識があることにも、言葉のイベントがあることにもスタジオが驚いていました。

俵万智さんが、まだまだ若い感じなのにも驚きましたが、俵万智さんが教科書にも載るようなすごい人で、その俵さんがべた褒めしたレイザーラモンRGさんも、俵さんに解説されるとすごい人に感じてきました。偉人の言葉は重い、またまたテレビの影響ってすごいですね。

 

ところで、全く話が変わりますが、サラダ記念日と聞いて、作家の吉本ばななさん(現在名:よしもとばなな)を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。私も吉本ばななさんと俵万智さんが混同してわからなくなった1人です。

 

 

 

新島襄と新島八重の墓の行き方(2) 墓所までの写真付き道案内

NHK大河ドラマ「八重の桜」に影響されて、新島八重の墓所を訪ねた記録、新島八重の墓の行き方、その2です。(その1では、電車、バス、車での行き方を案内しています
新島襄の妻新島八重の墓は、京都、永観堂・南禅寺の東側の山の中、京都市営若王子(※)の共同墓地内の同志社墓地にあります。(※にゃくおうじ)

墓所の住所は、京都市左京区鹿ヶ谷若王子山町 京都市営若王子墓地内 同志社墓地 です。

下の写真は、山道登り口のある熊野若王子神社。

新島八重の墓所に行くには、熊野若王子神社から山道を歩いて20分ほど登らなければなりません。「新島八重の墓の行き方(1)」では、熊野若王子神社までの電車とバス、車でのアクセス方法の案内と共に、「墓所に行く前に知っておきたいこと」として山道対策や墓所に関する情報、注意事項をまとめていますので、事前に参照してみてください。
ここからは、熊野若王子神社から新島八重の墓所の行き方です。
神社の奥の小道を進んで行くと山道への登り口があります。登り口には「新島襄・八重の墓」と書かれた大きな看板があるのですぐわかります。


その手前には「女性の一人歩きに注意」という看板もあります。注意に越した事はありません。ちなみに私は冬の休日の午前中に新島八重の墓所を訊ねましたが、行き帰り合わせてそれぞれ単独で往来している3人(いずれも男性)にすれ違いました。ほとんど人気はありませんでした。登り口には、イノシシが出るので注意という案内もありました。

 

登り口には登山者用に竹の杖が設置されています。子どもが喜んで杖を使って登りました。「その1」でも書きましたが、3歳の子どもも元気よく歩いて八重の墓所まで登りました。少し杖を使わせてもらいましたが、杖があるとずいぶん楽な感じがしました。

 

山道の最初は写真のような道です。

 

途中、枝分かれしている場所に、「同志社共葬墓地」と印された案内標識があります。
その方向の先には、高く急な山道が見えます。

 

途中、コンクリートや石などで整備された道もあります。全体的にそれほど厳しい山道ではありません。

 

山道を進み、上の方に墓地が見えてきたら、そこは京都市営若王子の共同墓地です。その墓地内を奥に進むと竹棒で囲われた同志社の共同墓地があります。

 

同志社墓地の正面が新島襄の墓石です(写真:下)。

 

その左に新島八重の墓石があります(写真:下)。

 

新島襄の墓石は、1891年にここの場所に建てられ、老朽化し事故で崩壊したため1987年(昭和61年)に現在の墓石が再建されたと記されています。

 

同志社共同墓地の中には、同志社関係の方々のお墓が並んでいます。中には、NHK大河ドラマ「八重の桜」にも登場する新島八重の兄であり、会津藩士の砲術家、新島襄の協力者である山本覚馬(やまもとかくま)の墓石もあります。

 

[人物紹介、生年没年](出展:ウキペディア)
新島八重:1845年(弘化2年)12月1日に会津藩(福島県)で誕生、1932年(昭和7年)6月14日に京都の自宅(現・旧新島邸)にて死去、86歳。

新島襄:1843年(天保14年)2月12日に江戸の神田で安中藩(群馬県)の藩士の家に誕生、1875年(明治8年)に32歳のときに同志社大学の前身である同志社英学校を開校、1890年(明治23年)1月23日に静養中の神奈川県大磯の旅館で死去、46歳。

山本覚馬:1825年(文政11年)2月25日n会津藩で誕生。晩年は京都府議会議員、京都商工会議所長、同志社臨時総会長などを務め、1892年(明治25年)12月28日、64歳で死去。

 

NHK大河ドラマ「八重の桜」は放送が始まったばかりです。新島八重がどんな女性であり、どんな生涯を送るのか、毎週、大河ドラマが楽しみです。

 

 

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新島襄と新島八重の墓の行き方(1)、電車、バス、車でのアクセス編

NHKの大河ドラマとして新しく放送が開始されている「八重の桜」。放送開始から1ヶ月半が経ちますが視聴率も好調のようですね。まだ放送が開始されたばかりですが注目度や評判も高く、これからも大河ドラマの放送が楽しみです。
ご存知のとおり、八重の桜は綾瀬はるかが演じる新島八重の生涯を描いた大河ドラマです。新島八重は同志社大学の創立者である新島襄の妻となる人物です。同志社大学の創立者が新島襄であることは有名ですが、その妻となる新島八重はどんな人物なのか、存在すら知りませんでした。大河ドラマも放送が開始されたばかり、これから長く付き合っていく主人公の新島八重のことをインターネットで調べていると、京都の東(左京区)の永観堂、南禅寺の近くに新島八重のお墓があることを知り、墓所を訪ねてみました。NHK大河ドラマ「八重の桜」の放送回数を重ねるに連れ、八重の墓所を訊ねたいという方も多いのではないでしょうか。墓所までの行き方をご案内したいと思います。

(写真は同志社共同墓地、中央は新島襄の墓石、その左が新島八重の墓石)
【墓所の場所】
住所:京都市左京区鹿ヶ谷若王子山町 京都市営若王子墓地内 同志社墓地
場所としては、永観堂、南禅寺の東側の山の中です。哲学の道の南側の始発点(終着点)のそばにある熊野若王子神社(くまの にゃくおうじ じんじゃ)の脇に山道の登り口があります。墓所までは登り口より徒歩で20分ほどです。山道の様子はその2で写真付きで案内しています。
熊野若王子神社までは京都主要各駅からバスで10分~30分、バス停から登り口までは徒歩で7~8分で、そこから山道を20分ほど歩きます。詳しい行き方は下のアクセス方法の欄に記載しています。

【墓所に行く前に知っておきたいこと】
(1)墓所は山の中にあります。登り口からは山道を大人の足で20分ほど登ります。革靴などでも登れると思いますが、山道に適したスニーカーなど歩きやすい靴をお奨めします。
(2)子どもを2人連れていきました。1人は3歳半になろうとする小さな子どもですが、元気に1人で歩いて墓所までたどり着くことができました。
(3)冬の寒い日に登りましたが、子どもは登り途中に暑くなったようで、上着を脱いで体温調節しました。墓所に到着すると寒かったです。冬や夏に応じた寒暖差や発汗対策にも備えましょう。
(4)冬の山道は霜が融けてぬかるんでいる場所が一部ありました。気をつけないと靴がすごく汚れると思います。雨の日も足場が悪そうで注意です。
(5)新島八重の墓石がある同志社墓地は京都市営の若王子墓地の中の一角にあります。一般の方々のお墓が沢山ある共同墓地(霊園)の一角です。楽しむような雰囲気の場所ではありません。
(6)お店や人が常駐している建物はありません。お弁当を食べるような場所はありません。トイレは見当たりませんでした。

【山道登り口(熊野若王子神社)までのアクセス方法】
[電車での行き方]
①電車からバスに乗る
JR京都駅、阪急河原町駅、京阪三条駅、地下鉄東山駅のいずれかの駅で下車をして、京都市バス5番系統の岩倉操車場ゆきに乗り、「南禅寺・永観堂道」のバス停留所で下車してください。
京都市バス5番系統バスへは上記各駅から乗り継げます。各駅から「南禅寺・永観堂道」バス停までの乗車所要時間は、京都駅から34分、四条河原町駅から16分、京阪三条駅(三条京阪前)から9分、東山駅(東山三条)から7分です。
バスの運賃は各駅から全て220円です。
(JR京都駅からは100番系統・銀閣寺ゆきバスに乗り「東天王町」バス停下車でも熊野若王子神社へ徒歩で行けます。100番系統バスの乗車時間(京都駅―東天王町)は28分、運賃220円、バス停から登り口まで徒歩8分です。)

※京都市バスに乗り慣れていない方
京都市バス5番系統に乗車するときは整理券をとって、降車時に整理券と運賃を一緒に運賃箱に入れましょう。運賃箱のそばには両替機もありますが、両替と支払は別々に行うタイプの機械です。

②バス停から山道登り口(熊野若王子神社)までの徒歩
「南禅寺・永観堂道」のバス停を下車すると、周辺地図があり熊野若王子神社、新島襄・八重の墓地が地図に載っているので行き方をチェックすると分かり易いです。

山道の登り口である熊野若王子神社までは徒歩で7分です。
道順は、乗って来たバスの進行方向に向かって進み、最初の四つ角を(東に)右折します。ここの四つ角には新島襄・新島八重の墓の方向を示す標識があります。


(京都駅から100番系統バスに乗った場合、「東天王町」で下車して、停留所そばの交差点を南下すると標識のある四つ角があり、(東に)左折します)

四つ角を曲がったら、後は真っすぐ緩やかな坂道を登っていくと付きあたりに熊野若王子神社があり、山道登り口に到着します。熊野若王子神社は哲学の道の始点にあたります。

 

上:ここを登ると熊野若王子神社、その奥に山道登り口があります。

熊野若王子神社(登り口)から新島襄・八重の墓所までの道順を行き方(2)で写真付きで紹介しています。そちらをご覧ください。
[車での行き方]
カーナビで熊野若王子神社と設定できれば到着すると思います。ただ、%E

NHK韓国ドラマ、王女の男の次は太陽を抱く月、2013年放送予定

<追加情報です>

太陽を抱く月は、2013年5月現在、NHKのBSプレミアムの毎週日曜の夜9時で放送中です。太陽を抱く月の次回作のドラマの話題はこちら「太陽を抱く月の次は」をご覧ください。

<追加情報、おわり>

韓国時代劇ドラマにはまっているマットです。ただいまNHKのBSプレミアムで放送されている韓国時代劇ドラマ「王女の男」(日曜、夜9時から)を毎週楽しみに見ています。しかし、その王女の男の放送も終盤となり、最終回まで残り僅かとなっています。

王女の男のドラマ放送が始まったころは、これまで放送されていたイサンやトンイと比較してやや恋愛色が強かったので、王女の男を見始めたころは何となく違和感があったのですが、ドラマを見て行くうちに、権力争い、復習、恋愛が混じり合った今までにないドラマ展開にいつの間にか惹かれ、毎日、日曜の夜のNHKの韓国時代劇ドラマの時間を楽しみにするようになっていました。

そんな王女の男が終わりに差し掛かろうとしている今、最終回までの展開も気になるところですが、それと合わせて王女の男の次のドラマが何になるのか気になっています。2013年はどんなドラマが放送されるのでしょうか。

これまでのNHK韓国時代劇ドラマの枠では、最終回が近付くにつれ、次に放送されるドラマの予告があったので、そろそろ次のドラマの予告があってもいいころと思いつつ、NHKの海外ドラマのホームページを見ても特に次回のドラマに触れられておらず、、もしかすると、もうNHKのBSプレミアムの韓国時代劇の枠もネタ切れ、日曜日の夜9時の放送枠がなくなってしまうのでは?という心配もしていました。

しかし、最近になって次回のドラマ情報を発見しました。NHKのホームページで2013年1月から今までと同じ日曜日の夜9時から新しい韓国時代劇ドラマが始まるそうです。

そのタイトルは「太陽を抱く月」。キャストはハン・ガイン、キム・スヒョン、チョン・イルほかと書かれています。キャストの名前を聞いてもよくわかならい。キャストの顔を見たらわかるかも。

NHKのホームページ情報によると、次回より始まる太陽を抱く月は、朝鮮王朝時代の架空の王と記憶を失った巫女(みこ)の愛を描いたファンタジーロマンス時代劇と書かれています。これまで放送された王女の男などは実在していた歴代王を絡めたストーリーなので、架空の王というのは個人的に少し残念ですが、太陽を抱く月というのは韓国で100万部以上のベストセラーとなった小説をドラマ化しているようです。それなりに支持されたストーリーということでしょう。

インターネットで太陽を抱く月の視聴率を検索したところ、韓国で放送されたときの視聴率はかなり高かったようです。こちらのホームページ情報では太陽を抱く月の第11回放送分(全20回)の韓国国内の視聴率は30%後半から40%を獲得しているという話です。日本国内と視聴率の数字とは単純に比較できないのでしょうが、韓国でも高い視聴率を獲得していて話題になっているようです。太陽を抱く月の視聴率について

NHKのホームページでは太陽を抱く月のサイトがプレサイトでまだ準備中となっていますが、ドラマは全20回で、2013年1月から放送です。放送日が決まり次第発表という記載です。

NHKホームページ、太陽を抱く月

とにかく、王女の男の次も韓国時代劇が見られるということで安心です。2013年1月からも太陽を抱く月に夢中になれるといいですね。

 

 

韓国王朝の歴代王様と韓国ドラマの歴史年表をつくりました

こんにちはマットです。わたしの楽しみの1つはNHKで放送されている韓国王朝ドラマをみることです。いまは毎週日曜日の夜にNHKのBS放送で「王女の男」という韓国王朝ドラマを放送しているのを楽しみに見ています。

王女の男の次の放送ドラマ「太陽を抱く月」に決定、2013年1月放送開始)

ここで、追加情報です。2013年7月より「馬医」が放送開始されました。年表に馬医の年代も追加しました。(追加情報終了)

NHKのBSでは韓国王朝、正式には朝鮮王朝というのでしょうか、韓国時代劇ドラマの放送枠があるようで、現在放送している「王女の男」の前は「トンイ」、その前は「イ・サン」、その前は「チャングムの誓い」というように連続して韓国王朝の王様もしくは王様に仕える宮廷の中の物語がドラマとなったものを放送しています。

これがとても面白いのです。週一回の放送ですが中には1年以上も放送される長いドラマがあるのですが、どれも毎週楽しみに見ていました。

韓国王朝の時代のドラマですから、ドラマの中では必ずその当時に実在していた王様が出てくるのですが、ドラマを見ている内に、それぞれのドラマの王様や出てくる人物がどのような時代設定の人たちなのか気になってきました。チャングムとイ・サンとトンイとキムスンユ(王女の男)、ペク・クァンヒョン(馬医)はそれぞれどのような時期関係にあるのか調べてみました。

王様の名前(ヨミガナ) 在位期間 在位年数 ドラマ放送局 ドラマタイトル 王役の役者名 ドラマからの情報(事実かどうかは不明です)
1代王 太祖(テジョ) 1392-1398 6
2代王 定宗(チョンジョン) 1398-1400 2
3代王 太宗(テジョン) 1400-1418 18
4代王 世宗(セジョン) 1418-1450 32
5代王 文宗(ムンジョン) 1450-1452 2 NHK 王女の男 チョン・ドンファン 端宗(上王)の父。
6代王 端宗(タンジョン) 1452-1455 3 NHK 王女の男 ノ・テヨプ 上王(サンワン)。敬恵王女(キョンヘ)の弟。
7代王 世祖(セジョ) 1455-1468 13 NHK 王女の男 キム・ヨンチョル 首陽大君(スヤンテグン)。
8代王 睿宗(イェジョン) 1468-1469 1
9代王 成宗(ソンジョン) 1469-1494 25
10代王 燕山君(ヨンサングン) 1494-1506 12 NHK チャングムの誓い チョン・ギソン
11代王 中宗(チュンジョン) 1506-1544 38 NHK チャングムの誓い イム・ホ チャングムが主治医として仕えた王様。
12代王 仁宗(インジョン) 1544-1545 1
13代王 明宗(ミョンジョン) 1545-1567 22
14代王 宣祖(ソンジョ) 1567-1608 41
15代王 光海君(クァンヘグン) 1608-1623 15
16代王 仁祖(インジョ) 1623-1649 26 NHK 馬医 ペク・クァンヒョンの父カン・ドジュンに医者の道を奨めた世子を仁祖王は暗殺を企てる。
17代王 孝宗(ヒョジョン) 1649-1659 10
18代王 顕宗(ヒョンジョン) 1659-1674 15
19代王 粛宗(スクチョン) 1674-1720 46 NHK トンイ チ・ジニ 王位年数歴代2位
20代王 景宗(キョンジョン) 1720-1724 4
21代王 英祖(ヨンジョ) 1724-1776 52 NHK イ・サン イ・スンジェ イ・サンの祖父。
22代王 正祖(チョンジョ) 1776-1800 24 NHK イ・サン イ・ソジン ドラマの主人公イ・サン本人。
23代王 純祖(スンジョ) 1800-1834 34
24代王 憲宗(ホンジョン) 1834-1849 15
25代王 哲宗(チョルジョン) 1849-1863 14
26代王 高宗(コジョン) 1863-1907 44
27代王 純宗(スンジョン) 1907-1910 3

いまはNHKの韓国ドラマしか見ていませんが、韓国王朝の宮廷を取上げたドラマはいくつもあるようで民放でもよく放送されているようです。本当は見たいのですが、いまはNHKでせいいっぱいです。

ほかの民放で放送されているドラマでは色んな王様がでてくるのでしょうね。今後、観たり、調べたり、わかったら情報を追加していこうと思います。

歴代王さまの名前、在位はwikipediaより引用させていただきました。

 

 

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